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日本のカバンの歴史3 豊岡のカバン 

豊岡では、古くからカバンが作られていました。

記録によれば、

「大宝賦役令」(703年)には「筐柳(はこくさ)一把あり」
「続日本書記」(722年)にも「筐柳」「柳筥」の記述が見られ、当時宮中への献上物として用いられていたと思われます。
「延喜式」(927年)によれば奈良正倉院の調度品の箱の部類に「柳筥」があり、これが最古の完全な柳行李とされています。

柳筥(やないばこ)
 柳の細枝を麻や絹糸で長方形または円形に編まれた箱。
筐柳(はこくさ)

 

1473年の「応仁記」には「九日市場」が開かれ、商品として売買されている記述があり、この頃には家内工業的に産業として発展していたようです。

1580年 豊臣秀吉の部下であった宮部継潤(みやべけいじゅん)が豊岡に入り、ヤナギを産業として特産品にするべく生産から販売まで流通機構を作り上げ、
原料となるヤナギの植林を進めました。

1668年 京極伊勢守高盛が丹後国から豊岡に移封され、柳の栽培並びに製造販売に力を注ぎ、
土地の産業として奨励したのが杞柳産業として大きく発展するもととなったようです。

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日本のカバンの歴史2 豊岡 

日本のカバンの歴史を語る上で、豊岡を外す訳には行きません。

豊岡がなぜ、行李の産地となったのか、いろいろな角度から見てみましょう。

1.地形と植生

豊岡は兵庫県の北に位置する町です。
豊岡盆地は日本海岸から15キロの内陸にありながら、海面との高低差は約2メートルにすぎません。

このため但馬地方を北流する円山川は、豊岡盆地に入って淀み、蛇行して流れ、荒原(あわら)と呼ばれる湿地帯を随所に形成しました。
この荒原地帯には行李の原料となる「コウリヤナギ」が多く自生していました。

行李を編む時に麻糸は、古来、但馬麻苧(あさお)として、すでに全国的に知られて、多く生産されており、また、行李に使う縁竹も多くありました。
このように、行李の材料が地元で容易に手に入ったのです。

2.気候

さらに、当地方は、冬期には積雪で農業等ができず、また耕地が狭小で新田開発の余地が少ないことなど、自然制約によって生み出された余剰労働力があったため、この農民余剰労働力が、副業として生計の助けになる行李作りへと流れていくこととなります。

3.交通

また、豊岡は東京・大阪等の大消費地から遠く離れており、陸上輸送手段の馬はコストがかかるものでしたが、柳行李は容量は大きいが軽く、また、大きな行李の中にだんだんと小さい行李をつめ込む入子方式が可能だったので遠隔地にあるにも関わらず、一度に大量な製品を出荷することを可能にしていました。

以上の条件が重なり、豊岡は行李の一大産地として発展していくこととなります。

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日本のカバンの歴史 

さて、わが国のカバンの歴史です。

袋状のカバンは鎌倉時代以前からあり、戦国時代にはさまざまな形の袋が存在していました。

有名なものでは、”信玄袋”。

信玄袋

これは武田信玄が三段重の弁当箱を入れる為に底に板を入れた大きめの巾着袋です。
また、和服用で見かけますが、”菊袋”といわれるものは、巾着タイプで
上から見ると絞った時に菊の花のように見えるのが由来です。

また、西洋のトランクに当たる、箱状の物としては、”柳行李(やなぎごうり)”がありました。

行李とは、柳や竹で編んだ箱形の入れ物のことです。
昔はおもに旅行や引っ越しの時に、荷物を入れて運搬するのに用いられました。
今でも衣類の保管などに使われています。

柳行李

植物からできている柳行李は軽くて丈夫で、弾力性もあり、大小自由に作ることが可能です。
素材が植物ですから適度に呼吸するため、おにぎりなどを入れても腐らないそうです。

柳行李の歴史はとても古く、約1200年前には作られていました。
奈良の正倉院御物には、927年に編纂された延喜式に正倉院の調度品として
現在とほとんど変わらない形の行李が残されているそうです。

(柳行李は、但馬の国の祖である天日槍命(アメノヒボコ)によって造技術が伝えられたという話もあります)


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カバンの歴史その4 トランクの誕生 

さて、箱物カバンですが、その歴史は新しく、18世紀ごろとなります。

当時の旅行は、船を利用するのが一般的で、そのため長期に及ぶのが当たり前でした。
当然、旅行中の生活に必要なものも多くなり、船ですので一度乗船すると荷物は降りるまで動かす必要がなくなります。

そこで、家具であった"ながもち"に旅に必要なものを入れて運ぶようになりました。

長時間の旅行のために頑丈で巨大な”ながもち”が作られ、
長期の旅ができるような上流階級の人々は、たくさんの”ながもち”に船上の舞踏会の衣装や
様々な嗜好品を詰め、豪華客船に乗船しました。

やがて、ながもちに運びやすいようにと、ハンドルがつくようになります。
これが現在に続くトランクの誕生です。

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右側にハンドルが付いているのがわかります。
当時のカバンは、上ではなく、横にハンドルが付いていたのですね。

ところが、当時のトランクは上部がアーチ状に膨らんでいました。
この形では、上に重ねて荷物を置くことができません。




そこで、重ねて置けるように、上部が平らになったトランクを、
フランスのカバン職人、ルイ・ヴィトンが作成します。
これが瞬く間に当時の流行となります。

071016vuitton_top2.jpgルイ・ヴィトン氏



現在につながる格子模様が見て取れます。

Louis20Vuitton20Trunk_2a.jpg

こちらは、二代目のジョルジュ・ヴィトンがデザインした、おなじみのヴィトンマークのカバンです。

20090521151034_00_400.jpg

やがて、旅の移動手段が、船から鉄道に移るようになると、鉄道の座席の下にしまうことができる、
薄めのトランク、現在につながるキャビントランクが生まれることになります。




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カバンの歴史 その3 

時代が進み、中世(6-15世紀)になると、王侯貴族は現代でいうポシェットのようなオモニエールと呼ばれる巾着袋を使用するようになりました。

オモニエール

ポシェットとは、フランス語で「ポケット」という意味ですが、中世の頃は上の写真のように紐がついていて、それを腰のベルトにつるしていました。

ここから転じ、フランス料理では、巾着包みを、オモニエールと呼ぶようです。

Fleur de sel 塩の華さんより、

ジロル茸のオモニエール(クレープ包み)です。






ルネッサンス期(15-16世紀)に入ると男性の服にはポケットがつくようになり、男性はバッグを持ち歩かなくなり、女性はフランス革命以後、これまでのゴージャスな服装に比べて、簡単なドレスというような服装が主流となった為、衣服にポケットが付けられなくなり、手にハンドバッグを持つのが主流となりました。

「インディスペンサブル」(indispensable - 必要不可欠な、欠かすことのできない)と名づけられたそれは、その名の通り、女性には欠かすことのできないファッションの一部となったようです。

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